先週の火曜日、11月中旬の金曜日夜、四ツ谷の蕎麦屋を借り切って行う同期会の案内メールを出した。竹橋の新聞社に44年前に入った99人の同期のうち、東京周辺に生息している22人が対象である。首都圏には記者・カメラマンで30人程度が存命のはずだが、この手の集まりを好まない奴、残念ながら亡くなった奴も2人いて、この5年間でリストは22人に縮小した。俺は60歳で定年になった時、人事総本部長をやったKくんから「同期会の永久幹事を命ず」の辞令を受けているのである。 竹橋の会社絡みでまだフルタイムで働いているのは、このうち4人である。1面コラムを書いているYくん、印刷子会社の役員Oくん、その子会社の社長の悦ちゃん。それに宮城県内の通信部で原稿を書き続けているWくんだ。早くに新聞社を辞めて大学のセンせをしているNくんも来春はリタイアとか。 出欠連絡の期限を25日の月曜日としたが、翌水曜日には10人から出席の返事がきた。月曜日までにさらに5人が「出席」のメールをよこした。Wくんも新幹線で上京してくれる。このところ顔を出さない2人が欠席とのこと。さて、ここからが俺の出番だ。毎回出席していて、返事をよこしてもよさそうな3人に、きのうときょう電話して「メールを見てないだろ。出るの?出ないの?」と念押し。 映画会社の社長だったHくんは「心臓の検査で入院するので残念ながら欠席」とのことだったが、あとの2人は「ごめん、連絡するのを忘れていた」。これで出席予定者は17人となった。昨年の同期会は13人で、ちょっと寂しかったから、それをはるかに上回る盛況が見込まれる。 先週火曜日に蕎麦屋さんを予約した時の俺の読みは15人だったから、うれしい誤算だ。大半がリタイアして行くところがなくなってきているから、同期会は格好のイベントになっているのだろう。 |
|