ことしは女流作家、原田マハにはまった年だった。本屋大賞の候補になったピカソをめぐるミステリータッチの「暗幕のゲルニカ」に始まり、山本周五郎賞を取った出世作「楽園のカンヴァス」、日本の民芸運動に大きな影響を与えたバーナード・リーチを扱った「リーチ先生」、デビュー作の「カフーを待ちわびて」、スピーチライターのお話「本日は、お日柄もよく」など、すっと入ってくる作品ばかりだ。 その美術通のマハさんがこの秋、出したのが、ヒマワリの絵で知られるゴッホとパリの日本人美術商の交流などを取り上げた「たゆたえども沈まず」。今週3晩で読み終えた。”ゲルニカ”やルソーを取り上げた”楽園”が少々ミステリータッチなのに比べ、これは自らの耳を切り落としたり、弟で最大の理解者、テオとの行き違いでピストル自殺してしまったゴッホの画家としての生き方を丹念に追った見事な小説だと思う。 ゴッホが出た頃は、モネとかルノアールなどの印象派の画家はほとんど見向きもされなかった時代。そんな時代に画廊に勤める弟のテオは兄の絵の具代を出してやり、誰より兄の才能を信じ、世の中に認められることを望んでいた。そこに日本の浮世絵をヨーロッパに広めた日本人美術商の林忠正がからむ。 印象派の画家たちに北斎などの浮世絵が大きな影響を与えていたなんて、今のいままで知らなかっただけに、このあたりの話は非常に面白かった。本の表紙の装丁にはゴッホの代表作「月星夜」が使われている。 奇妙なタイトルは、何度セーヌ川が氾濫しても、沈むことなく繁栄してきたパリの都のことを意味し、オランダに生まれ、アルルなどの各地をさまよいながらも、パリでの成功を夢見ていたゴッホの心情を表したものと読んだ。 原田さんには「いちまいの絵 生きているうちに見るべき名画」という集英社新書があり、26作品が紹介されている。その中にはピカソの「ゲルニカ」、ルソーの「夢」、ピアズリーの「サロメ」の挿絵、ゴッホの「月星夜」、『アノニム』で取り上げたジャクソン・ポラックの「Number1A」もある。この傾向から考えるとマハさんの次の目標はレオナルド・ダ・ヴィンチかクリムトあたりか。あぁムンクもありだな。日本画家では東山魁夷の「道」がただ一作品、取り上げられているのである。 |
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