隠居志願のつぶやき2017

[PREV] [NEXT]
...... 2018年07月24日 の日記 ......
■ 若い人の死   [ NO. 2018072401-1 ]
 秋田支局の親方をしていたのは95年10月からの2年半だ。非常に有能なデスクの慶ちゃんと女性のU子ちゃんを含む5人の記者、それに地元の短大を出てその春パンチャーとして採用された倫子さん(21)がいた。96年春には早大出の新人Sくん、97年春には京大出の新人Uくんが戦列に加わった。
 秋田の夏は爽やかなのだが、冬場は半年雪に閉ざされる。3階建て支局のかつて広告社が入っていた1階スペースが空いていたので、冬場の運動不足解消索として、経費を融通して5万両ほどで卓球台を購入した。倫子さんが短大時代に卓球をやっており、ずっと支局でパンチャー業務をしている彼女も参加できると考えたからだ。温泉卓球の王者だった俺は立教のボクシング部出身の3年生の県政キャップKくんにはほとんど勝ったが、倫子さんとはいい勝負だったか。
 倫子さんは非常にクレバーな女性で、パンチミスもなく出直し知事選も締め切り時間がキツイ統一地方選も乗り切った。その彼女から「みんなには内緒にしておいてほしいのだが、U記者と付き合っている」という話を聴いたのは97年の暮れごろだった。お似合いのカップルだと思った。
 俺は98年春東京のメディア局に移動し、秋田を離れたが、2人は順調な交際を続け、結婚。Uくんは支局5年で東京経済部に上がり、「秋田会」などの席には2人仲良く姿を見せた。約十年前にUくんは共同通信に移り、1年前から大阪で経済部デスクをしている。子どもがいないこともあり、倫子さんはずっと東京の建設関係の会社で働き、2年半前大阪で行われたKくんの結婚式では「副主任」の名刺をいただいた記憶がある。
 日曜日、そのUくんからケイタイに電話をもらった。「倫子がなくなりました」。半分泣き声である。くも膜下出血。月曜日お別れの会を葛飾でやるという。バイト風情は正社員より勤務の日は自由がきかない。「申し訳ないが行けそうにない。力を落とすなよ」と言って切った。
 で、きのう仕事の合間を縫ってU子記者に電話すると「えっ、知りませんでした。ショックです」。Sくんも「エーッ!!」U子ちゃんやUくんの後輩YSくんがいろいろ動いてくれ、あす午後秋田で行われる葬儀に「元秋田支局同人」名でお花を出せることになった。さきほど弔電の手配も済ませたが、まだ40代半ばでの突然の死。むごいよなぁ。Uくんがガックリしなければよいが。自分より若い人の死はこたえる。安らかにお休みください、イシグロッチ!

...... トラックバックURL ......
  クリップボードにコピー

...... 返信を書く ......
[コメントを書く]
タイトル:
お名前:
メール:
URL:
文字色:
コメント :
削除用PW:
投稿キー: