20年とちょっと前、秋田の支局長をしていた時は、いろいろな祭りを見に行った。中で一番印象に残っているのが、県南の羽後町でお盆の3日間行われている西馬音内(にしもない)の盆踊りだ。町内のメーンストリートに篝火がたかれ、編笠に端縫い衣装の女性が太鼓や三味線の音に合わせ、あでやかに踊る。顔をすっぽり覆った彦三頭巾の人もいる。 踊り手の顔が全く見えないのは、殿様に側室に差し出せと言われないようにするかつての知恵と聞いたことがある。顔が見えないからこそ、一層想像力をかきたてられる。お囃子に合わせて「がんけ」と呼ばれるせつない歌詞の唄が踊りをまた引き立てるのであった。秋田には10月から2年半勤務したが、ふた夏とも羽後に出張った。チャリではとても行けるところではなく、秋田から1時間ほど列車に乗って横手まで行き、そこからタクシーをとばして見に行ったのだ。 当時作った腰折れに「指先で年増が知れる西馬音内」「篝火が照らすうなじの白さかな」「汗にじむうなじに見とれ西馬音内」などがある。手元にある当時の写真には、赤い髪留めをして優雅に踊る緑色の勝った端縫い衣装のお姉さんが写っている。大変な美人と思い込んでいたんだろうなぁ。あの丸く赤い髪留めは今もくっきり思い出すことができる。 ほとんど映画を見なくなったというのに、新宿・武蔵野館まで映画「火口のふたり」を見に行こうと思ったのは、全編男と女の絡み合いという文句に惹かれたこともあるが、西馬音内の盆踊りのシーンが見事に撮られているという新聞の紹介記事を読んだからだ。きのうの休み、午後12時55分の回に滑り込んだ。平日の昼だけあって客席は年配者でいっぱい。 舞台は秋田。自衛官との結婚が決まった直子(瀧内公美)が、結婚式までの5日間を昔わけありだったいとこの賢治(柄本佑)と共に過ごすというお話。直子と賢ちゃんの絡みのシーンはそんなにいやらしくはなく、二人の延々と続く会話が面白かった。例えば、抱き合った翌日の昼、直子に新しくできた定食の店に連れて行かれた賢ちゃんが「なんでレバニラの店に連れて来るんだよ」というような。 最後の日か、二人は西馬音内の盆踊りをバスに乗って見に行き、またベッドを共にする。宿のバーで二人で飲んでいると、遠くから「がんけ」が響いてくる。切ない二人にぴったりだが、盆踊りのシーンは本物の方がもっといい。賢ちゃんが歩く秋田市内の道には見覚えがあったのである。
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