俺の愛車、「ベンツ号」改め「メルセデス号」はいつから俺の下に来たのか。宇都宮から戻った2年半前だったか。それまでの「シルバー号」にガタが来たので、近所の街のチャリ屋で物色したところ、新車は3万両はする。隠居志願にはちと、と思ったら、隅っこにあった緑色のフレームの中古のママチャリに6000両に値段が付いていた。で、おじさんに「これ、ちょうだい」。 粗大ごみとなった「シルバー号」を引き取ってもらうのに1000両かかり、〆て7000両。これで休日のオーケーへの買い物、国立のびよういん「メッセ」への遠征などをこなしてきた。何しろ俺は歩くのが大キライで、府中の東京競馬場に出陣する時も、歩けば4分の西国駅までの道を「メルセデス」に乗ってしまうのである。土日は見回りのおじさんがいないと分かっているので、西国駅南口のロータリーの赤い郵便ポストの脇に堂々と停めていくのである。 その「メルセデス号」の後輪が変調をきたしたのは3週間ほど前である。タイヤの空気がすぐ抜けてしまう。完全にパンクしたわけではなさそうなのだが、走りにいつもの軽快さがない。駅前のスーパーの駐輪場に自由に使える空気入れがあり、それでいったんは弾む走りを取り戻すが数日後乗ろうとすると、空気がベコベコ。何度かタダの空気入れのお世話になったが、火曜日朝パンパンに空気を入れたものが、昼前には半ば空気が抜けてしまう状態に、タイヤ・チューブを交換するしかないと決断した。 「メルセデス号」を購入したチャリ屋行き、おじさんに相談すると「タイヤがずいぶん弱ってるな」。で、15分ほどでタイヤ・チューブを交換してもらった。お代は5300両。う〜む、中古1台が買えるくらい。でも走りは見違えるくらい快適で、うれしくなってそのままたまらん坂を駆け下り、「書簡集」まで足を伸ばしおいしい珈琲を飲み、紀ノ国屋を少々ひやかし、ブティック「ミラノ」で美人ママのてるのちゃんからエスプレッソを御馳走になった。 ベンチェとてるのちゃんの一人息子は4月に就職したばかり。イタリア暮らしが長かったので日本の会社のありように戸惑うことが多いんだそうな。全くすまじきものは宮仕えなのである。 |
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