きのう竹橋の会社の後輩で広告のエース、てっちゃんから哀しい連絡をもらった。竹橋時代昼休みに毎日通っていた神田神保町の珈琲の名店「カラコルム」が9月末で閉店したというのだ。都心に出た先月中旬、半年ぶりに400両のおいしいブレンドをいただいたが、マスターは何も言ってなかった。しかし、「お客さんは減りました」とは話していた。 登山やサイクリングが趣味で、横浜から通っていたマスターは俺より4、5歳年上。コロナによる客の減少で潮時と考えたのか。なじみの店が閉じてしまうのは、自分の歩みが否定されてしまうようで、なかなかにつらいのである。 「カラコルム」に通い始めたのは20年ほど前か。区画整理事業で今の高層ビル1階に入る前の店から。死んだ赤司やてっちゃんとよくつるんで出かけた。スマイルコンテストで関東地区代表になった元気娘が珈琲を淹れていて、好もしかった。小学生新聞の編集部にいたママ記者の誕生日に、彼女を連れて行ったら、密かにバースデープレゼントを用意していてくれて、面目が立ったこともあった。 5年ほど通い続けたら、ある日マスターから3脚のコーヒー茶碗を見せられ「好きなのを選んで」と言われた。うすい青で淵取りされた地味目のカップが栃木の新聞社に行くまでマイカップになった。マイコーヒーカップの客は飾り棚に収まる12人限定。コーヒー好きにとってこの限定カップはなかなか気分のいいものなのだった。 ブレンドの他、50円プラスのコロンビア、キリマンジャロ、モカ、マンデリン、ジャマイカ、ブラジルなどもあり、銘柄を当てたら50円プラスがなくなるというゲームも毎回のようにやった。モカ以外はほとんど当たらなかったが。元気娘が寿退職し、後釜に入った働き者の久美ちゃんともよく話した。久美ちゃんに突き出た腹を人差し指で突つかれたこともあったなぁ。その久美ちゃんも今や一児の母だ。 俺は酒がなくても生きていける人間だが、1日1杯はおいしいコーヒーを飲まないと、脳みそが働かない気がしている。コーヒーチェーン全盛で「書簡集」を始め個人経営の珈琲屋さんの経営は苦しいと推察するが、なんとか頑張っておいしいコーヒーを出し続けてほしいものだ。 |
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