映画「罪の声」を封切り日の先週金曜日に観た。「みをつくし料理帖」に続いての封切り日鑑賞。2時間20分の長さを感じさせない内容だった。もっともモデルとなったグリコ森永事件を知っているのと知らないのとでは感じ方が違うのではないかとも思った。脚本は「逃げるは恥だが役に立つ」「アンナチュラル」などを手掛けた野木亜紀子。この人、たいしたものである。 塩田武士の500ページの原作を3年前に読んだとき、これを映画にしたら面白くなるだろうと思った。グリコ森永を下敷きにした「ギン萬事件」は犯行グループが3人の子どものテープの声を使って、電話で金の受け渡し場所などを指示している。殺人事件ではないグリ森の捜査は時効になったが、神戸新聞の記者だった塩田氏は、この3人の子どもがまだ生きているとしたら、自分の声が事件に使われたことを知ってどんな気持ちでその後を生きてきたかという点に着目して小説を書いた。 小説は文字だけだが、映画にすればその子どもの声が流れる。そのインパクトは大きい。映画では父の遺品の中から不思議なテープが出てきて再生して聞いたところ「俺の声だ!」と気付く実直なテーラー曽根を、星野源が好演している。ギン萬事件から35年後、事件回顧企画を担当する学芸部記者、阿久津を小栗旬が記者はどこまで他人の心に踏み込めるのかを疑問に思いつつ演じている。 テープは曽根のおじの学生運動崩れの男(宇崎竜童)のモノで、男はイギリスに住む。阿久津は渡英し事件に真相に迫るのだ。グリコ森永事件ではグリコの江崎社長が監禁されただけで身代金被害も起きなかったが、標的にされた食品企業の株価が下がることを見越して、空売りして巨額な利益を得たはずという見立てとなっている。経済部記者でありながらお金に縁のない俺は、当時はそんなこと思いもつかなかったなぁ。 10人ほどいる寄せ集めの犯行グループはヤクザもいればインテリもいた。キツネ目の男も。そのそれぞれに扮した役者がいかにもそれらしき風貌をしていたのにも感心したのである。 × × × × 今週の拙宅の花は赤いダリア「レッドスター」とピンクのバラ「ポムグラニット」それに黄色いスプレーバラ「グロリアスイルゼ」です。 |
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