きのうから首都圏の電車の終電が20〜30分繰り上げになった。JRや私鉄各社はコロナ禍で自治体の要請に従ったものというが、巣籠り生活が続く隠居志願にはどうでもよいことである。しかし、夜中まで働かなくてはならない人にとっては死活問題の面もある。 出版社に勤めている次女が就職したての頃、よく「終電に間に合わない」と嘆いていた。「タクシー代は出るんでしょ」と尋ねたら「私の仕事が遅いから」と自腹のことが多かった。「そんな阿呆なことは止めな」と言ったが、中堅となった今は、その辺はうまいことこなしているのだろう。 新聞社の仕事は朝刊の最終14版までチェックしていると(降版は1時30分)、終電にはもちろん間に合わず帰宅送りのタクシーがあったから、終電を気にすることはなかった。終電時間を気にするようになったのは、4人で中国語を頻繁に勉強するようになってからのことだ。竹橋界隈で卓を囲み、終電を逃してタクシーで多摩方面をぐるっと回っていくと、代金は1本半近くかかるため、勝ち分がそれに消える場合もある。そんな時の怖ろしい言葉が「始発が動くまで続けようぜ」。 終電を逃しそうになって一番ヒヤヒヤした遠き日の思い出は、大学2年の70年安保で国会周辺を巡るデモに行った時、夜7時ころ四谷の清水谷公園を出発したのに、議事堂東の坂道(今思えば外務省と財務省の間の坂)で機動隊に長時間止められ、帰りの電車に間に合わないのではとヤキモキしたことがあった。あの時は津田塾のバドミントン部でのちに我が同期Zくんと一緒になったT嬢も同じ隊列の中にいた記憶がある。たしか、東京駅発零時25分の下りに滑り込んだのだった。当時はタクシーに乗れる金なんか持っていなかったからなぁ。 今回の終電繰り上げで東京駅から中央線で西国分寺にたどり着く最終は、これまで東京発零時25分の豊田行きだったのが、零時06分の高尾行きとなり、西国には零時50分に着く。これまでは午前1時10分だった。おととしだったか、吉祥寺で卓を囲んだ際、この最終豊田行きを逃し、そのあとの最終武蔵小金井行きに乗って、武蔵小金井駅から2駅分タクシーで帰ったことがあった。コロナの下では当分、そんなスリルは味わえないな。 |
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