5年前まで宇都宮で働いていた時は、施設に入っていたお袋の見舞いのため、週末帰京し、月曜朝大宮から東北新幹線で餃子の都に戻る生活だった。この時の楽しみが、新幹線の座席の背もたれの後ろのかごにセットされていた雑誌「トランヴェール」に目を通すこと。中でも巻頭にあった作家、沢木耕太郎の「旅のつばくろ」というエッセーには毎回旅情と沢木の温かな人間性を感じさせられたものだ。 その「旅のつばくろ」が本になっていることを知り、先日、国分寺の紀伊国屋書店でもとめた。手に取って、ああ、こんな回もあったと思い出したのが、沢木が16歳の時、周遊券を使って東北一周の旅に出、北上駅の待合室で一夜を明かした時のことである。その時、待合室で夜を明かしたのは、少年沢木と今でいえばホームレス風のおじさん2人。 ふと沢木少年が目を覚ますと、おじさんが沢木の方に向かってくる気配がする。何かを盗もうとしているのだろうか、沢木が身を固くして待ち構えていると、そのおじさんは沢木が床に落とした毛布をかけてくれたのだった。沢木は依然として眠ったふりをしながら「その人を疑ったことを激しく恥じた……」「世の中には、きっと悪い人もいるだろう。しかし、それよりももっと多くの善い人がいるはずだ……」と沢木は書く。そして、何十年後か、沢木は一夜を過ごした北上駅の待合室を訪ねるのだ。 この回を読み、まだ東北新幹線が開通する前、東京から初任地の福島に夜行で戻ったある年の冬、郡山までは起きていたがつい寝過ごして雪の米沢まで行ってしまったことを思い出した。上りの福島行きを待つ間、寒い駅の待合室で、そうだあの時は誰かの結婚式に出た帰りで、引き出物の和菓子を食って空腹を満たしたのだった。 目立った動きのない素浪人暮らしで、この”つぶやき”のネタに困る日々だが、こんな旅の思い出を書くのもありだと思わせてくれた沢木の「旅のつばくろ」でもあった。 |
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