世田谷区下馬にあった高校には、当時住んでいた東小金井から中央線で新宿まで行き、渋谷で東横線に乗り換えて4つ目の学芸大学駅から約10分歩いて通った。渋谷駅で東京女学館の女子高生に会うのが楽しみだった。クリーム色のベストが印象的なその制服。ええとこのお嬢ちゃんが通う女子高で、渋谷界隈の男子高生にとっては憧れの的だった。 その東京女学館の名をきのう久しぶりに聞いた。西国駅前の「エ・プロント」で競馬の話をよくするH氏の初恋の相手が東京女学館の子だった。H氏は憲一という名前だ。都電で都立高に通う憲ちゃんにはいつも車内で会う東京女学館の可愛い女の子が気になる存在だった。女の子はクリーム色の制服で同級生と二人で都電の前のドアから乗る。憲ちゃんは後ろのドアから乗るのが常だった。 ある時、同級生が先に降りた女の子が座っている憲ちゃんの前に来て、顔を覗き込んだ。向こうも憲ちゃんが気になる存在だった様子。で、降りるはずの停留所を乗り過ごし、女の子と一緒の駅で降りた。意を決して「付き合ってもらえませんか?」返事は「パパとママがいいと言ったら」だった。憲ちゃんはこのパパ・ママには驚いた。麻布の豪邸に住むすずちゃんなのだった。 ほどなくしてパパとママのお許しが出たと、憲ちゃんとすずちゃんは付き合うようになった。デートはもっぱら図書館。喫茶店に入って憲ちゃんが「僕、タバコを吸うんだ」とかっこを付けてハイライトを取り出すと、すずちゃんは「私もいたずらで吸うのよ」と目の前でタバコを吸ってみせた。東京女学館の文化祭にも招待された。今はややくたびれた感じの憲ちゃんだが、若かりし頃は音楽事務所から歌手にならないかと誘われるほどダンディーだったのだ。 しかし、そんな二人の関係も、憲ちゃんが大学受験に失敗し予備校に通うようになると、距離が生まれた。そんな時、憲ちゃんの家をどこでどうしたものか、すずちゃんのママが訪ねてきた。「すずが体をこわして寝込んでしまった。一度逢ってやってくれませんか?」の申し出に憲ちゃんは豪邸を訪れた。痩せたすずちゃんに逢ったのはそれが最後だった。ほどなくして憲ちゃんの家は道路拡張に引っ掛かり、行く先も告げずに転居した。 今、76歳になったH氏は「あんなピュアな女性には合ったことがない。今はどうしているのやら」。機械商社勤めで出張が多く、アシスタントの女性に手を出してはならないという会社規則を守り、クラブや飲み屋の女性に入れあげた過去を持つH氏は、ここまで独り身を通してきたのだった。 |
|