素浪人の俺が唯一社会とつながっているのが、某団体に頼まれ13年前からやっている大学生対象の読書感想文の課題図書の選定と感想文へのコメント書きだ。月1冊課題図書を示し、その800字の感想文と自由課題の本の感想文をみる。今担当しているのは大学2年生20人(男子5人、女子15人)。 この団体は担当者の持ち場異動が頻繁にあり、感想文担当が夏に交代しZoomを使ってご挨拶したいというので、昨日午後30分新担当のNくんと歓談したのだが、このNくん、13年前にこの団体が運営している学生寮に入り、俺が感想文を最初に受け持った学年の学生だった。 当初、新担当者の名前を聞いたとき、どこかで聞き覚えのある氏名だなとは思ったが、なにしろ昔のことで、学生と直接会うのは年2回の読書講座の時だけなので、顔まで思い浮かべられなかった。感想文は直筆で書く決まりなので、字に特徴のある学生は分かるが……。 Zoom画面の中のNくんは32歳、独身。すっかり寮監としての貫禄がついている。聞けば大学卒業後、2年間教材関係の会社で営業を経験し、貧しい家庭からは教育の機会が奪われていることを実感し、この団体の職員募集に応じたとか。この団体は親が病気や交通事故で亡くなった学生・生徒に民間から募った寄付金を原資に奨学金を給付するのが、メーンの事業なのだ。地方出身の大学生のために学生寮(月額1万円)も運営しており、その寮生へのカリキュラムの一つに読書感想文と読書講座がある。 Nくんに「確か1年生の時、『鉄道員(ぽっぽや)』を課題図書にしたよね」と話したら、「ぼくはそれがきっかけで浅田次郎作品に親しむようになり新選組の話などはよく読んでます」とうれしいことを言う。「学生が自分で自由図書を選ぶときの手掛かりとして、各学年の先生方が出した課題図書を集めた書棚が寮にあるといいね」と話したら「前任者からその話は引き継いでいます。ぜひやりたい」とのことだった。 ちょうど受け持ちの2年生への10月の課題図書を提示する時期で「『みをつくし料理帖』を書いた高田郁さんの『銀二貫』にします。おいしい寒天づくりに熱中する職人の話です」と言ったら、Nくん「その本、ぼくも読んでみたいです」と如才ない。かつては印象の薄い学生が、なかなかの社会人になっていて少々うれしかった。「男子三日会わざれば刮目して見よ」のフレーズを思い出したのでした。 |
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