国立の音楽茶屋「奏」の常連、Sくんから柳家小春師匠のライブの日に「ほんの気持ち」ということで病気からの生還を祝う500円の図書カードをいただいたことは2月26日につぶやいた。もらい放しというのはよくない。で、3日のトランペット・ピアノライブ+サックスの宮野さんゲスト出演の日に、Sくんも来るというので「本のきもち」のお返しをプレゼントした。 これは50代から60代にかけ在籍した月刊政策情報誌時代に書いてきた書評(全57本)をA4の用紙に3本ずつ収め、19ページにまとめてコピーしたもの。11年前栃木の新聞社に移った時、送別会を開いてくれた人に記念に配った。政治経済の記事などは出てから1年もすれば無価値になってしまうが、文化絡みの書評は何年たっても色あせないのだ。 Sくんはかなりの読書家だから、書評をまとめたものはお返しとして悪くないだろう。で、渡す時にS君のフルネームを知らなかったものだから、宛て名書きをすることにし、名前を尋ねたら「けんたろう」というのであった。 一番ありそうなのは「健太郎」だが、「宮沢賢治の賢です。小賢しいの賢」と言うから「小賢しいでは、たぶん、分からないよ」と申し上げ「スキーのモーグルの上村愛子の旦那がたしか皆川賢太郎だった。昔の経済人にも賢太郎という人がいたな」と返した。 で、ちょっと調べたら、この1月に亡くなった元三菱重工社長に相川賢太郎氏がいたことが分かった。長崎造船所長などを務め、89年に社長になった人で地熱発電プラントの第一人者とあった。 それより驚いたのは、この人の長男が三菱自動車工業の社長をやった相川哲郎氏で次男が大成建設の社長の相川善郎氏であること。世襲ではなく別の業界の会社でせがれ2人が社長になったのだから、相川賢太郎さんはたいしたお父さんだったと思われる。 |
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